お正月だから旅をしないとな!
わたしは彼がそう言いだすことがわかっていた。わかっていたからこそ、わたしは朝も早くからせっせと着物の着付けをしたのだし、彼が起きて鍛錬をしている間に支度を終えたのだ。そうして彼――エースが帰ってきたときには、晴れ着に着替えたわたしがにっこり笑って初詣に行こうと先手を打った。お正月くらい、旅はしたくないのだ。


「ははっ。君から誘ってもらえるなんて、今年はいいお正月だな」
「わたしも、元旦から当てのない旅に出ることにならずに済みそうでよかった」
「そうだなぁ。その恰好じゃ、旅はしにくいよな。なんなら袖斬っちゃおうか?」
「不吉なことを言わないでくれる。正月から袖を斬られるなんて、ホラーかサスペンスしか生まれないでしょ」


はははっと空笑いするエースはどこまでも本気で果てしなく冗談なことしか言わない。疲れるよりもぞっとすることの多い彼氏のせいで、わたしの寿命は確実に減少傾向にあるのだ。
それでも一緒に居てしまうのは、きっと彼に中毒性があるからかもしれない。


「あ、。おみくじあるみたいだぜ?」


普段、こういうものに興味のない人がわたしを誘った。わたしは首を振りたくなる。
いいわ、やめておきましょう。こんなのあたりっこない。


「運は自分で切り開くものじゃないの?」
「そうだけどさ、君、こういうの好きじゃないか。それにその恰好にもよく似合う」


にこにこして、エースが勧める方向には品のよさそうな巫女さんとクジ箱。
わたしは振袖を着ている自分の顔が引きつっているのがわかる。新年早々、追い詰められているということも。


「ははっ。どうしたんだよ、。顔面蒼白だぜ?」


さわやかなエースはどこまでも本気らしい。わたしは巫女のお姉さんが心配そうに顔を覗き込むのを申し訳なく思う。
けれどこのおみくじを引きたくなかった。なぜかという問題は多大にあるのだけれど、なによりもわたしはわたしを捨てる覚悟でこのおみくじを引かなければいけない。おみくじに問題があるわけではないのだ。だから巫女さんが可愛らしく「どうしたんですか」という声が痛々しくて仕方ない。


は真面目だなぁ。そんなに固くならなくても、単なるおみくじだぜ?」
「そうだね。単なるおみくじ…………これがただのおみくじならどれだけよかったか」
「ん? おみくじは噛みついたりしないし、そんなことするおみくじなら俺が倒してあげるよ。さぁ、引こうぜ」


彼氏さん、お強いんですね。巫女さんが見当違いな感想を述べた。
意気揚々とおみくじを引くエースの隣で、わたしはクジ箱に手を突っ込む。棒を引くタイプではない。自分が掴んだのだから諦めようと心に決めた。


「あー、俺、中吉だってさ。なんだか中途半端だよなー。今年も刺客さんはつまんない奴らばっかってことか。はどうだった?」
「……………凶」


凶、だった。まぎれもなく、凶。
大凶よりはいいかもしれないが、それでも悪いことに変わりはない。わたしは凶を引いてしまった自分に落ち込むしかない。いや、わかっていたことだが落ち込まざるを得ない。
息を吐き、そしてもう一度吸い込む。覚悟を決めたようにエースを見つめると、彼はきょとんとしてこちらを見ていた。巫女さんも只ならぬ気配を察知したのか、こちらを気遣わしげに見ている。わたしは口を開いた。


「きょ、凶なんて嘘だよ。だってわたしにはエースが居てくれるもん」


吐き出した瞬間、現場の温度が三度は低くなったことを知る。巫女さんが驚愕し、隣のカップルが一歩引いた。わたしだって自分のセリフに引いている。ドン引きしていると言ってもいい。こんなセリフを言われて男性は本当にうれしいのだろうか。ただ、わたしの目の前の人の反応がわからないので困ってしまう。
エースはきょとんとしたままだった。もし彼が「頭大丈夫?」とでも言ってきたら、走って逃げよう。わたしのセリフは男性の願望だったのに、もしエースに拒否されたらと思うと泣きたくなった。


「…………


びくりと震える。わたしはすでに、エースから視線をそらして境内の方を見ていた。
けれどすぐにわたしの視界は赤い色に染まった。真っ赤な趣味の悪い軍服のような赤色に。


「可愛いなぁ!言いたくないことをそれでも言わなくちゃって頑張る、
「なっ」
「うんうん。可愛いが、今は俺だけのものっていいなぁ。誰でもなく、俺のもの」
「ぴ、ピアスみたいなこと言わないで」
「俺がネズミ君? あぁでも、彼が羨ましいって思うときはあるんだよ」


え?
エースの顔を見ようとしたのが間違いだった。エースは上を向いたわたしの顎をすくって、あっけなく唇を奪った。驚くほど濃厚な、しっかりとわたしを見据えたキス。


「〜〜〜〜〜?! エース!」
「ほら、彼ってちゅうちゅう言ってるだろ? 君も嫌がっていないみたいだったし、羨ましかったんだよなぁ」


まるで今のキスなんて挨拶だとでも言うように。
わたしは馬鹿力のエースの腕の中で、これ以上ないほど後悔していた。今回の企画について、なぜこの男をわざわざこの項目に当てはめ、あまつさえ台本などすっ飛ばすエースにあんなセリフを言ってしまったのか。


「あなたが凶そのものよ! この馬鹿エース!」















七、 悪い運勢でも


「あなたがいるから、こんなの嘘だもん!」とぶりっこする。