「たとえばさ、わたし達は似てると思うのよ」
突然わたしが言い出すと、隣に寝そべっていたタママが驚いた顔をしてこちらを向いた。彼は食べようとしていたビスケットを持ったまま静止して、こちらを伺うように目を細める。
「何なんですぅ?いきなり」
昼下がり、春の陽気に浮かれるようにわたしとタママは日向家のリビングの窓際に座って日向ぼっこを楽しんでいた。とは言うものの、彼はただお菓子を食べながら漫画を読んでいただけだし、わたしはわたしでただ日焼けを気にしながら眩しい日の光を眺めていただけだけれど。
「突然そう思ったの。これは啓示ね。太陽からの」 「・・・・
っち。頭沸いたんですかぁ?」 「可愛い顔で厳しいこというのナシ」
彼はなかなかの毒舌家だ。人の気にしていることをスバリと言い当てるくせにその笑顔で全部帳消しにしてしまう。わたしはそんな彼に何度泣かされたかわからないけれど、一緒に居て飽きないから一緒に居た。うん。だからマゾとかそんなんじゃ全然ないよ。
「マゾでもなんでも、
っちがおかしいことに変わりはないですぅ」 「ちょ、おまっ!心読むのは反則じゃね?!」 「ボクは心なんて読めないですよー。そんなこと出来るのは暗い人だけで充分ですぅ」
けろり。 笑って持ったままだったビスケットを一口で食べてしまう。むしゃむしゃ。噛み砕く音さえ可愛いのは、どこで習ったのか聞きたいほどだ。そうして、さっきの会話をどうかドロロだけは聞いていませんようにとなぜだかわたしが必死に願ってしまった。
「で、何が似てるんですぅ?」 「え?」 「本当に頭沸いたんですかぁ?ボクと
っちですよ」
日向ぼっこの続きとばかりにタママがごろりと寝返りを打った。そうすると、彼はわたしの真向かいに来て、肘をついて上目遣いに見上げてくる。
「・・・・言っても怒らない?」 「・・・・・言ったら怒るようなことなんですかぁ?」
疑うようにタママが声のトーンを落とすから、わたしは慌てて首を振った。
「ううん。優しいタマちゃんなら、怒りっこないよ!」 「・・・なんか言い方がひっかかるけど・・・・ま、物は試し。聞いてあげるです」
これではどちらが年上なのかわからない。あぁでも、ケロン人と地球人じゃ寿命も違うんだろうからこれは精神年齢の問題だろう。それだとわたしはこのアイドル蛙の精神年齢より明らかに低いお子様だということになるけれど。
「愛情表現」 「あいじょ・・・?」 「そ。タマちゃんが、いっつもケロロにするアレ」
タママはわたしがびっくりするぐらい積極的だった。好きになったら一直線、邪魔なものは徹底排除、しかも自分のことは可愛く見せたいなんて今時の女の子だってそんなに潔くない。それはどこか行き過ぎているけれど、見ていればどこか切なくなってしまうような行為だ。 タママはわたしに向かって首を捻った。
「・・・・
っちも好きな人がいるんですかぁ?」 「いるよ」 「初耳ですぅ!!」
タママはわたしが即答するとガバッと起き上がって、お菓子の袋を投げ出した。あぁ、散らかしたら夏美ちゃんに怒られるじゃないと思ったけれど彼はそんなこと気にしていないらしい。床に座るわたしの膝に手を置いて、大きなおめめをもっと大きくして詰め寄ってきた。
「誰ですかぁ?ボクの知ってるヤツですかぁ?!」 「えー・・内緒」 「ズルイですぅ!」
ぺちぺちと膝を叩かれる。すごくくすぐったい。彼のトレーニング量からは考えられないほど力を抑えてくれている攻撃にわたしは感謝した。本気でやられたら膝の皿がぱっくり割れることだろう。
「どうしても教えてくれないんですかぁ?」 「・・・・・・・最高に可愛い顔をして言うのやめて」 「わかってやってるんですよぉ」
うわぁ、そこは否定しとこうよ。 わたしを潤んだ瞳で見上げてくるタママの魅力から何とか逃れようと、体を捻って彼から視線を逸らした。けれど敵もさるものだ。今度は鍛えた筋力をフルに生かしてわたしの顔を自分のほうに向けた。
「いだっ!」 「言わないなら、もっとヒドイことしちゃいますよ?」 「なにそれ脅しっ?!」 「そうとも言うですぅ」
だからそこは否定してってば!! 両頬をぐいぐいと引っ張られるわたしの顔はさぞ醜いだろう。というか、これで皺が出来たらどうしてくれる。お肌の曲がり角って結構深刻な問題なんだから。
「わかった。わかったから手を離して」 「・・・・本当ですかぁ?」 「うん。誓う」 「じゃ、言わなかったら優先的にクルル先輩の実験動物にしちゃいますからねぇ」
にっこりと今日はじめて見た笑顔は日差しよりも清々しくて、わたしの脳は一瞬硬直してしまった。クルルのところに行くことは死ぬことより恐いし、なにより優先的にという言葉が背中をひやりと指せた。ごめんギロロ、今ならあなたの気持ちわかるよ。
「あ、あのさ。タマちゃんは誰だと思う?」 「今更、クイズですかぁ?とりあえず軍曹さんじゃなきゃいいですよ」
彼はすっぱりと真理を言って、急かすように瞳をキラキラさせた。 わたしがここでケロロが好きだと言ったらどうするんだろうか。モアちゃんみたいに邪険にされるのか、はたまたここで消されるのか、わからないけれどどっちも嫌だった。彼の思いは計り知れない。
「わたしの好きな人はねー・・・」 「うんうん」 「いっつも頑張ってるのに、いっつも空回りしちゃう人。でもとってもポジティブだから負けないの」
そうして、これ以上は言えませんと口を閉じた。タママは一瞬ぽかんとしてから、わたしの顔をマジマジと見る。
「
っちって・・・・」 「ん?」 「ギロロ先輩のことが好きだったんですかぁ?!!」
そうして通りがかったギロロの飼い猫がびっくりして逃げるほどの大音量で叫んだ。わたしは耳を押さえながら、彼の言葉の意味を理解しようとした。けれどもわたしの普通の脳細胞が動き出すより早く、タママは自分の知ってしまった事実に興奮してわたしの周りをぴょんぴょんと跳ねている。
「凄いですぅ!三角関係ですぅ!昼ドラ進出ですぅ!」 「ちょ、ま、な」 「これはすぐに軍曹さんに知らせなきゃっ!
っち、ボクは応援してるですよぉ!」
ばしばしと叩かれた背中が物凄く痛くて、リアルに骨が軋む。タママはわたしのそんな窮地など知らずに、花よりも満開な笑顔で親指をぐっと立てると一目散に走り出してしまった。リビングに取り残されたわたしは痛いやら悲しいやら、これからのことで頭を悩ませるべきかいっそ逃げてしまうべきなのか、未だに凍結状態の頭で考えていた。 確実に違う答えを運ぶ彼に、彼の上司が食いつくのは時間の問題だ。
「どーしよー・・・・」
ギロロが出てくるのは、正直予想外だった。そりゃあ、彼はいつもから回りしてるけれど。
「
っち」
途方にくれて、へにゃりと体を潰しかけたときに声が届く。振り返れば、ドアのさきにタママの姿。彼は半泣き一歩手前のわたしに、うっすらと笑った。
「安心するです。もしギロロ先輩が
っちのこと泣かせるようなことしたら、ボクが命をかけて制裁を加えてやるですぅ」
反響するものなどないのに、それはわたしの頭の中でエコーがかかって気がついたら頷いてしまっていた。彼はそんなわたしに満足したようにくるりと踵を返す。 小さな背中を見送って、自分のしたことにため息をついて、わたしはもうカラカラに渇いた声で笑った。
「ほらね、似てるじゃない。頑張ってもすぐに空回りしちゃうとことか、素直に気持ちが伝えられないところとか」
独り言は、太陽に吸い込まれてしまった。 とりあえず、お菓子の袋を片付けよう。そして出来れば穏便に、夏美ちゃんとギロロに頼んで芝居でも打ってもらおうか。
彼のご希望通り、昼ドラを演出してやろうじゃない。
助けにくる王子様の登場を、わたしは心よりお待ちしています。
知らない振りで、僕は君の傍に居続ける
(06.05.01)
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