「タマちゃん!」 「ふぇ!」
西澤邸のタママにあてがわれた部屋で、彼は後ろから突然抱きしめられた。館を走る音に、誰が来るかは予想ができていたのだが、こんな力いっぱい(そりゃもう強く!)絞められると思っていなかったので息ができなくなる。
「
っち?!」 「タマちゃんタマちゃんタマちゃん〜!」 「と、とりあえず離してください〜!」
話せばわかりますぅ!と浮気現場を抑えられた夫さながらの悲痛な声を出してタママは懇願した。
はそれでも締め付ける力を弱めなかったが、彼女は普通の少女だ。とりあえず小一時間ほどで体力が尽きてきたようで、ようやくタママは解放された。(その間のタママの救援要請は、却下され続けた)
「ど、ど、したんで、すぅ?」
黒い顔を真っ青にさせて、それでもタママは優しく尋ねた。愛する恋人に逆上はできない。
はまるで自分が被害者とでも言わんばかりに肩を落とし、涙を目に浮かべて、タママを見た。鼻をずずっとすする音がする。
「タマちゃん、帰っちゃうって本当?」 「え?な、なぁにそれ」 「嘘吐き。クルルさんに聞いたんだもん。タマちゃんたちが帰るって」
キッと睨み付けて、
は唇を突き出した。完全に拗ねている。タママは作り笑いをしながら、この事態を予測してやがったな、とクルル曹長のイヤミったらしい攻撃を呪った。こうなることを考えて彼女には言わなかったというのに、努力が水の泡だ。
「あー、あのですね。
っち?」 「…………」 「別に隠してたわけじゃないんですよぉ。ボクたち、帰るっていってもお墓まいりに行くだけなんですぅ」 「…………お墓参り?」 「そう。お墓参り!」
突然ケロロ隊長が帰ると言い出したのは、昨日のことだった。本当に急に、ガンプラを作っていたと思ったらおもむろに立ち上がってその場にいたボクに告げたのだ。 墓参りに行こう、と。
「何でも軍曹さんの恩人らしいんですー。だから、小隊みんなで行くことになって」 「…………」 「だから、別にすぐに帰ってくるから。
っちが気に病むようなことはなぁんにもないんですよー?」
普段宥められえる立場にあるものだから、人を宥めることに慣れていないタママは精一杯
の機嫌をとった。彼の可愛い恋人は、彼以上に拗ねることが得意だ。けれどそれを可愛らしいと思ってしまうのは、もう彼も末期と言えなくもない。
「それじゃ、すぐ、帰ってくる?」 「うんうん。ぜったいぜったい、すぐに帰ってくるですぅ!」 「お土産いっぱい持って?」 「もちろん!ケロンの御菓子のことならボクに任せて欲しいですぅ。最高のお菓子を
っちに食べさせてあげますよ!」
徐々に
の表情が緩められる。やがて、ちゃんとこちらを向いた
に心底ほっとしてタママは声にならない安堵の息をついた。
「約束ね。破ったら、承知しないから」 「約束ですぅ!破るわけないから安心して待ってるですよ」 「うん。信じて待ってるから」
笑いあう。そうしてどちらともなくキスをした。 触れ合って気恥ずかしくて、また笑って、
は本当にくるくると表情を変える。その表情を追うようにタママもまた、くるくると表情を変えた。あまりにも甘い時間につい現実だということだと言うことを忘れそうになる。そんなとき、
は決まってタママに告げた。
「わたし、幸せだよ」
素直に、今ここにあることを本当に幸福だと彼女が笑う。 けれどタママはそれを聞くたびに、言い知れない不安が襲いくるのも知っていた。だから、
がそれを言う度に彼女のを手を握る。決して離さないように。他のどんなものも彼女を捕らえないように。それが例え、運命だったとしても。
「ボクも幸せですよ」
それはやっぱり君がいるからなんだと、ボクは返事をする。
(最初から最後まで幸せな小説は、たった三行でも、足りる)
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