好きだからこそ傍に置いていたくて、誰の目にも触れさせたくなかった。
それはとても我侭で一方的な愛情表現だと知っていたけれどどうしようもなくて、ただただ求め続ける僕に彼女は答え続ける。無償の愛を与えるマリア様みたいだ。彼女は僕の嫉妬や妬みを知りながら、柔らかく笑って仕方ないねと言ってくれる。
こんなにも、僕は矛盾しているのに。
「…………タママが混乱しないなら、いいよ」
あるとき耐え切れずに問えば、返って来たのは温かい微笑み。
は相変わらずの優しさで僕を受け止める。僕の我侭も思っていることも全部汲み上げて包み込んで笑ってくれるから、僕は一々不安になるのかもしれない。だってその優しさが一生続くわけないから。
「でも、だって」
「タママ」
「それじゃ、だけが可哀想ですぅ」
何を言っているんだろう。可哀想だなんて、僕が言ってはいけない言葉だ。
何よりも可哀想な立場にいるのはであり、その酷い状況を作り出しているのは僕だ。傷つけ踏みにじり、それでも縋って離れない僕の手を振り払わないに、これ以上僕は何を求めているのだろう。許して欲しいのか、なじってほしいのか、もうそれすらもわからない。
「タママ」
「…………」
「顔、上げてよ。そんで勝手にわたしを悲劇のヒロインにしないでくれる?」
の長い人差し指が僕の顎を持ち上げて、瞳がかち合った。綺麗な瞳をまっすぐ僕に据え、少々眉をハの字に歪めたは微苦笑を浮かべる。
僕はどんな顔をしているのだろうか。たぶん、情けない自信はあるけれど。
「ねぇ、タママ。わたしのこと、好き?」
言葉の意味に素直に頷けば、は満足そうに笑って見せた。この笑顔に毎回勝てないことを理解しているから、もう僕の悩みはそこでゆっくりと溶かされてしまう。向き合っていた身体を彼女に預ければ、待っていたように抱きすくめられた。
幼児のように抱かれながら温かく柔らかいの胸に顔を押し付ける。馴染んだ匂いにやっと安堵した。
「ねぇ、タママ。わたし、思うんだ」
頭の上で、静かには呟いた。片方の腕が僕の頭をあやすように撫でている。
「『好き』ってたくさんの種類があるんじゃないかって」
それならば、僕にもわかる。好きなものは数え切れないほど存在して、それぞれが大切だ。平等ではないし、替えのきくものだってあるけれど、くくってしまえば同じ意味を持っている。
「だからね、いいの。わたしだって困るもの。例えばタママと両親のどちらかを選ぶなんてできない。好きなものは一つに決められない。分野が違うんだから、それは比べる対象にならない」
畑違いの質問をされて、それでも掴み取るものが一つしかないなんて矛盾してる。
どちらも大切だから好きだと思ったのだし、それが一つでなければいけない理由もルールも必要ない。そんなものは先に生まれた誰かが作った倫理とか道徳とか、そんな夢見たいな正論で理想なんだ。自分たちが守れなかったルールを平気な顔をして強いてくるだけの先人の教えなんて意味がない。
「だからね、タママがわたしを好きならそれでいいの。嘘だなんて思ってないよ。もちろん、あなたがケロロを好きだってことも、嘘だなんて思ってないから」
不安に思うことを言い当てられて、僕は彼女に見えないように涙を流した。一つしか決められないことを知りながら、それでも手放したくない温かさがここにある。引きずり込んで悲しむのは誰でもない彼女のはずなのに、それさえもは朗らかに笑って了承してくれる。罰せられるべきは自分だ。求め続ける貪欲な心を焼いて、彼女を自由にしてあげられたらどんなに楽だろう。この優しい腕を跳ね除けるだけの力が僕にはない。
ただただ好きなのだと呟けば、知っているよと僕の聖母は笑った。
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