死にたくなるような朝












「大丈夫でありますか?」


まったく可笑しな質問だった。背後から聞こえる声は、とても「大丈夫」と言える代物ではない。むしろこちらに「大丈夫じゃない」と言わせたいような響きを持っていて、だからわたしはその通りに答えてやる。
大丈夫じゃない。


「…………我輩、余計なことをしてるつもりはないのでありますが」


これも嘘だった。彼はこの行為をわたしにとって「余計」だとわかっている。知っている。けれど「余計」にしたくないのも、ケロロの本当の思いであることがわたしも理解できているので、ちっとも心なんて籠っていなかったけれど礼を述べた。
ありがとう。助かったわ。


「ぜんっぜん、そう思ってないっしょ」


言葉のやりとりの裏の意味を見透かして、ケロロは大きく息を吐く。ギロロのため息のように周りを憚ることのない、わたしに向けられたうんざりした重く苦しい空気のかたまり。
わたしは自分の腹で交差している彼の腕を見た。ゆるめられることのない力に、ちょっと骨が軋んでる。背中の肩甲骨あたりに感じる彼のほっぺたが、とても熱い。押し付けられているせいで、彼とわたしの距離はゼロだ。けれど後ろから抱きしめられているというよりは、それは羽交い絞めに近かった。


「なんで、こんなことしようと思ったんでありますか………


最初と同じまったく可笑しな質問を、彼はわたしにまた向ける。
わたしは彼の腕に自分の手をおいて、取り繕うように笑った。そうされることが嫌いな彼の、勘に触るように精一杯笑った。
どうってことないのよ。昨日ギロロがお見舞いに来てくれて、そのとき明日生きられたらこうしようって決めたの。だってほら、この身体はもう治らない。それならこうする方がとても手っ取り早いと感じたの。ケロロに見つかってしまったのは、わたしの誤算ね。でもありがとう。本当に、ありがとう。


「…………やめてほしいであります」


ケロロは、くっつけた頬を背中に食い込むほど力を込める。彼との間はゼロなのに、マイナスになってしまうんじゃないか、なんて馬鹿な想像をしてみた。


「あんまり我輩を試すような真似しないで」


たぶんそれは彼なりの懇願だった。わたしはちっとも悪いことをしたとは思っていなかったので、謝らない。ばたばたと耳元で風がひどく五月蝿い音をたてた。
病院の屋上というベタな場所で飛び降りようとしたわたしを、彼は必死に止めてくれた。けれど彼の前でそれをしようとしたのは、死のうとするわたしを受け入れてくれるのは彼だと思ったからだ。瞳に冷たい色を浮かべたまま、手を振ることが出来る人だと思ったからだ。だから、わたしは謝らない。元来、彼はそういう人なのだ。
わたしは何も答えない。だからケロロはわたしを離さない。そうやったまま、わたし達は看護婦さんに見つかるまでそうしていた。