「お楽しみのところ悪いんだがなぁ」
病人のわたしよりもダルそうな声がして、視線を向けるとそこにいたのはクルル曹長だった。まずい人物に見つかったと、わたしは顔を歪める。けれど当のゾルル兵長はまったく動じず、ドアの前にいる彼につまらなそうに視線をくれる。
「ちょーっとコイツに話があるんだ。中尉の命令どおり見張っててやるから、二人きりにさせてくれよ」
単刀直入にクルル曹長が告げて、一度だけゾルル兵長がわたしを振り返った。そこでわたしが首を振ればこの科学者は追い返されたのだけれど、肯定したので兵長は無言で部屋を出て行く。先ほどとは違って言うことを聞いてくれて、ほっとする反面悔しくもある。
「クックッ。あのままだったら襲われていたかねぇ?」
楽しそうに曹長が、わたしのベッドの端に座った。椅子があるというのに、そこに座るのはなぜなのかと抗議をしたかったけれど、その気力すらなくなっている。
襲われてもアンタにだけは観賞させない。ぜったい。
声は固かったけれど迫力はなかった。
「ま、今のアンタじゃ、最後までイけねぇだろうなぁ」
この人の笑い声は、わたしのものとは比べ物にならないほど癪に触る。
セクハラ発言はやめて。性欲なんてみっともない。それともなに?あなたもわたしを襲いにきたとでも言うのかしら。
「正解」
え?
声は空気に触れることはなく、代わりに曹長に飲み込まれた。起き上がれないことをいいことに、悠々と唇を塞ぐ曹長の顔。パソコンばかり向かっているのだから力で敵わないことはぜったいにないのに、いつのまにか抑えられた腕はびくともしなかった。クルル曹長の唇から何かが流れ込んできて、抵抗したけれどそれすらも飲み込んでしまった。悔しい。目元に涙が滲んで、やっと唇を離されたとき頬は濡れていた。
「薬を飲ませた。アンタは死なねぇよ」
近いところで聞こえたから、わたしは目をきつく目をつぶって彼を押しのけた。たぶん肩を押し出せたのだと思う。ちょっと遠いところで、彼特有の笑い声がする。
「アンタのおかげで隊長が癇癪おこしてんだ。あの人の馬鹿な願い事をかなえてやるのは大変なんだぜぇ?」
腕で目元を覆って、わたしは流れ続ける涙を隠した。掠れる声で、クルル曹長を罵る。
馬鹿。ひとでなし。殺してくれるって言ったじゃない。約束、したじゃない。
「したなぁ。そんなのも。だけどよ」
また声が徐々に近づいてきて、今度は目元を覆っていた腕に唇が降ってきた。変に柔らかい感触が気持ち悪くて、わたしは腕をはずして彼を見る。クルル曹長は、不敵に笑ってる。
「オレ、自分のものに触られるのがイチバン嫌いなんだよ」
それから同じ笑みは絶やされることはなく、彼が部屋を出て行くまで耳の中でこだましていた。わたしは目眩を覚えて、痛み始めた頭痛も手伝ってナースコールに手を伸ばす。びーっと、どこかの部屋で緊急を告げるベルが鳴る。これを押す人はかなり参っているはずなのに、冷たい感触はひどく軽くて無意味そうだと考えながら、意識が薄れていった。
傷が癒えてしまう。ギロロに礼を言ってケロロに謝って、ガルル中尉とゾルル兵長とクルル曹長にはそれなりの報復をさせてもらわなければいけない。
そうでもしないとおさまるか。
呻くように呟いた、それが病人だった最後の一言。
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